年譜 | 裕ちゃん! 昭和を駆け抜けた彼の生き方が、そのまま時代のスタイルでした
  • 西暦 年齢 石原裕次郎関連 石原プロモーション 主な国内ニュース 主な国外ニュース
  • 1956 22歳 『太陽の季節』の映画化で、学生言葉とヨットの指導として製作に参加する。その際、プロデューサーの水の江滝子の目にとまり、主人公の友人役で出演することに。好評を得て、『狂った果実』で本格デビュー。憧れの女優、北原三枝と運命的な出会いをする。   10月 日ソ国交回復に関する共同宣言調印
    11月 国連総会で日本の加盟を全会一致で可決
    7月 エジプトがスエズ運河国有化宣言。スエズ戦争(第2次中東戦争)が勃発
    10月 ブダペストで暴動が発生(ハンガリー動乱)
  • 1957 23歳 3月 俳優・歌手として超多忙となり、慶応義塾大学を3年で中退
    9月 撮影中に右手薬指をデッキチェアに挟む怪我をする
    10月 映画主題歌『俺は待ってるぜ』が160万枚の大ヒット。また日本初の歌謡LPレコード『裕次郎と貴方の夜(台詞入り)』を発売
    12月 『嵐を呼ぶ男』が3億5600万円の配収を上げる空前の大ヒットとなる
      10月 国連安保理非常任理事国に当選
    12月 日ソ通商条約調印
    3月 EEC(欧州経済共同市場)条約調印
    10月 ソ連が人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功
  • 1958 24歳 2月 前年の『勝利者』等でブルーリボン新人賞を受賞
    4月 写真集『海とトランペット』出版(撮影・斉藤耕一)
    5月 文化放送『石原裕次郎アワー』がスタート
    6月 東京・成城一丁目にプール付きの豪邸を新築
    9月 『赤い波止場』で、裕次郎が手錠をかけられるラストシーンに日活堀社長が怒る
      6月 日米・日英原子力一般協定調印
    10月 安保理条約改定交渉開始
    1月 米が人工衛星エクスプローラー1号打ち上げ成功
  • 1959 25歳 3月 撮影、レコーディング等、連日のハードスケジュールのため、心身ともに疲れてしまい2週間の失踪騒ぎを起こす。『山と谷と雲』のクランクインが遅れる。
    7月 『世界を賭ける恋』で日本映画界初の北欧ロケに出発
    9月 多忙のためラジオ番組が打ち切りとなる
      3月 社会党の浅沼稲次郎が中国を訪問「アメリカ帝国主義は日中両国人民共通の敵」と演説。安保条約改定阻止国民会議結成 1~2月 キューバ革命で、バチスタ政権崩壊。カストロ政権が誕生
  • 1960 26歳 1月 北原三枝と米に出発。結婚を望んでいたが、会社側に反対されての実力行使。当時は映画スター同士の結婚はタブーとされていたために話題に
    2月 北原三枝と米から帰国。羽田空港は報道陣とファンでパニックに
    4月2日 北原三枝との婚約を発表
    12月2日 日活ホテルで北原三枝と結婚式を挙げる『闘牛に賭ける男』を最後に北原三枝が引退
      1月 新日米安保条約・行政協定調印
    三井三池炭鉱、労組全山がロックアウト実施
    11月 米大統領選で民主党のケネディ当選
    12月 南ベトナム解放民族戦線が結成
  • 1961 27歳 1月 『銀座の恋の物語』が空前の大ヒットとなり270万枚の売り上げとなる
    1月24日 志賀高原でスキー中に右足複雑骨折、全治8か月。撮影中だった『激流に生きる男』の代役に赤木圭一郎が起用されたが、赤木がゴーカート事故で急死。病院で悲報を聞いた裕次郎は「俺の代わりに逝きやがった」と涙。骨折の治療中にプロダクションの設立を計画する
      6月 防衛二法改正案成立。農業基本法公布
    11月 第1回日米貿易経済合同委員会開催
    1月 米がキューバと断交
    8月 東独が東西ベルリンの境界に壁を構築
  • 1962 28歳 10月『赤いハンカチ』が発売と同時に大ヒット。240万枚の売り上げ
    11月 台湾の中央電影公司と提携し、『金門島にかける橋』を現地ロケ
    12月28日、28歳の誕生日の日、”石原プロモーション”設立記者会見。「面白く楽しい映画、客の誰もが喜ぶ誠実さを持った映画を作りたい…」と語る 4月 全日本労働総同盟組合会議結成
    11月 日中総合貿易覚書調印。日英通商航海条約調印
    10月 キューバ危機。ケネディ米大統領、キューバにおけるソ連のミサイル基地建設に対し、海上封鎖を声明。フルシチョフ、キューバからの攻撃的兵器の撤去を命令
  • 1963 29歳 6月 ヨット『コンテッサⅢ』が完成、進水する
    日本テレビ系『今晩は、裕次郎です』(石原プロ制作)がスタート
    10月『太平洋ひとりぼっち』が第18回芸術大賞、ブルーリボン企画賞受賞
    1月16日”(株)石原プロモーション”設立。資本金3000万円、社員9名。代表取締役社長に就任 6月 観光渡航自由化。関西電力黒部川第四発電所(黒四ダム)完工 8月 米英ソが部分的核実験停止条約調印
    11月22日 ケネディ米大統領暗殺
  • 1964 30歳 7月 『素晴らしきヒコーキ野郎』(米20世紀FOX映画)出演のため渡英。8月9日帰国 日活と再契約。第一作『夕日の丘』制作
    10月 三船・石原プロ提携発表
    4月 経済協力開発機構(OECD)に加盟
    10月 東海道新幹線開通(515km)。東京-新大阪4時間で結ぶ
    8月 米国防省、トンキン湾事件を発表。北ベトナムに報復爆撃
  • 1965 31歳 5月 テイチクより『二人の世界』を発表。テレビ『歌謡ベスト10』で20週間トップに
    7月 トランスパシフィック・レース(太平洋横断ヨットレース)に出場
    9月 芸能生活10周年記念全国リサイタルが始まり、24都市を巡る
      6月 日韓基本条約調印 2月 米軍、ベトナム戦争で北ベトナム爆撃開始
    9月 インド・パキスタン両軍、カシミールで衝突
  • 1966 32歳 5月 『すてきな仲間』で三船敏郎と共演
    『裕次郎のクリスマスキャロル』というクリスマスソングのアルバムに初挑戦
    2月 ”(株)石原音楽出版”を設立。発足は3月1日
    3月 石原プロのテレビ番組『バラエティー・すてきな仲間』がNETテレビ(現テレビ朝日)でスタート
    2月 全日空機が羽田沖で墜落し、133人全員死亡
    6月 祝日法改正、敬老の日・体育の日など決まる
    3月 インドネシアでスカルノ大統領がスハルト陸相に全権委譲
    5月 中国で文化大革命が始まる。紅衛兵を組織
  • 1967 33歳 5月 第2回全国リサイタル(四大都市公演)
    12月 10年連続ヒットの功績により『レコード大賞特別賞』を受賞
    5月 三船プロとの合作で『黒部の太陽』の制作を発表するが、五社協定のため企画が進まず
    7月 『黒部の太陽』クランクイン
    9月 『黒部の太陽』のトンネルセットで人工の濁流を撮影中に事故が発生、裕次郎ら20人の俳優・スタッフが負傷する
    10月 吉田茂元首相が死去。戦後初の国葬を実施
    12月 佐藤首相が衆議院予算委で非核三原則を言明
    7月 欧州共同体(EC)発足
    8月 東南アジア諸国連合(ASEAN)結成
  • 1968 34歳 5月 昭和42年度芸能人所得番付で1位(申告所得5000万円)
    7月 兄慎太郎が参院選に当選
    10月 松竹梅CM制作
    2月 『黒部の太陽』が公開。観客動員数733万7000人で、この年の日本映画最高を記録。また五社協定を打ち破った記念碑的大作ともなった。 6月 小笠原諸島が日本に復帰
    10月 川端康成がノーベル文学賞受賞
    4月 米黒人運動指導者キング牧師暗殺
    8月 ソ連軍・東欧5か国軍がチェコ進入(プラハの春弾圧)
  • 1969 35歳 1月 日活との契約が白紙となり、事実上フリーに
    12月 LPレコード『石原裕次郎ヒット全集・魅惑の歌声』は日本初の2枚組LPとなる
    7月 『栄光への5000キロ』が公開され大ヒット
    12月 ”石原プロ”創立7周年パーティーを開く
    1月 機動隊、東大安田行動の封鎖解除
    8月 自民党、安保条約の自動延長を決定
    1月 ベトナム和平パリ会談
    2月 PLO議長にアラファト選出 7月 米宇宙船アポロ11号月面着陸に成功
  • 1970 36歳 11月 まき子夫人の母堂死去 6月 『ある兵士の賭け』が興行的に失敗し「惨敗でした」と裕次郎。”石原プロ”は倒産の危機に陥る 3月 日本万国博覧会、大阪の千里で開催
    日航機よど号ハイジャック
    4月 ウィーンで米ソのSALT(戦略兵器制限交渉)開始
  • 1971 37歳 3月 胸部疾患(肺結核)で倒れ、秋田赤十字病院入院
    4月 国立熱海病院転院 11月まで長期休養
    4月 ”(株)アイ・ピー・エフ(石原プロモーション・フェニックス)”設立
    7月 『エベレスト大滑降』がスペイン、サン・セバスチャン国際映画祭特別賞受賞
    10月 渡哲也入社
    7月 環境庁発足
    8月 ニクソン米大統領、ドル防衛策を発表。ドル・ショックで東証ダウ株価大暴落
    9月 中国共産党・林彪、クーデター失敗。逃亡中に事故死
  • 1972 38歳 6月 復帰第1作『影狩り』では音楽も担当。久しぶりの映画撮影に裕次郎は「俺のギャラよりセットに金をかけてくれ」と意気込む
    7月 日本テレビ系『太陽にほえろ!』がスタート
    12月 兄慎太郎が衆院選に当選
    10月 浅丘ルリ子退社 1月 グァムで横井庄一元軍曹を保護
    2月 冬季オリンピック札幌大会開催
    5月 沖縄施政権返還
    2月 ニクソン訪中、米中共同声明
    7月 印パ平和協定
    8月 ミュンヘン・オリンピック開催
  • 1973 39歳 2月 最後の主演映画『反逆の報酬』に渡哲也と共演
    7月 トランスパシフィック・レースに参加
      3月 水俣病訴訟で患者側勝訴の判決
    8月 金大中事件
    10月 中東戦争で第1次石油危機
    1月 パリでベトナム和平協定調印
    9月 チリで軍部クーデター、アジェンデ大統領自殺
  • 1974 40歳 2月 自宅階段で滑って左鎖骨骨折
    7月 宝酒造のCMに初めて夫婦で出演。夫婦仲のよさが話題に
    1月 渡哲也急性肝炎のため「勝海舟(NHKテレビ)」を降り、熱海国立病院へ入院
    9月 渡哲也退院
    3月 ルバング島で小野田寛郎元少尉を救出
    10月 佐藤前首相がノーベル平和賞を受賞
    田中角栄金脈の記事が政治問題化
    8月 ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任 ソウルで朴大統領狙撃事件
  • 1975 41歳 5月 芸能人所得番付で再び1位(申告所得8000万円)
    6月 NET(現テレビ朝日)系『石原裕次郎芸能生活20周年記念・太陽は今も輝く!』放映
    7月 トランスパシフィック・レースに参加
    12月 結婚15周年(銅婚式)を迎える
    12月 2度目の『日本レコード大賞特別賞』受賞
    10月 日本テレビ系『大都会・闘いの日々』制作発表 3月 山陽新幹線全通。東京~博多間6時間40分
    7月 沖縄国際海洋博覧会開催(昭和51年1月まで)
    4月 南ベトナム政府無条件降伏でベトナム戦争終結